2011年04月04日

京都世界遺産現地案内会「宇治上神社界隈を歩く」


3月21日、祝日の月曜、
京都・清遊の会主催の世界遺産現地案内
「宇治上神社界隈を歩く」を行いました。

前日から降り出した雨が心配されましたが、
当日朝、京阪電車が宇治駅に到着する頃には
ほとんど雨は上がっていました。
さすが清遊の会、みんなの気持ちが通じたのか
雨天の予報でも降らないんですね。

さて、参加のみなさんが駅前に集合され出発です。

まずは莵道稚郎子の墓とされている
通称宇治墓にむかいます。

ここはこんもりとした円丘状になっていてきれいに整備されていますが、林の中から聞こえる鷺の鳴き声がちょっと気味悪いところ。

IMG_3607.JPG 
      菟道稚郎子の墓と比定された宇治川畔の宇治墓


なぜここが莵道稚郎子の墓とされたのか? 
みなさん、熱心に堤講師の説明に耳を傾けられています。
話を聞くほど驚きの内容。
「山上に葬る」と記録に書かれるにも関わらず、川の側に、
しかももともと墓ですらない土盛りを、
わざわざ成形し直して体裁を整えたのが現在の宇治墓……。
不気味な鳥の鳴き声はその叫びかも!? 
しかし曲がりなりにも指定御陵を目近に見学できて
それはそれで楽しいひと時でした。

続いて太閤堤の話。
豊臣秀吉が文禄三年(1594)に伏見城を築いた際、
宇治川に作った大堤防の跡です。
IMG_3797 - コピー.JPG 
             出来立てホヤホヤの史跡太閤堤石碑。


ちょうどこの宇治墓に添って発掘され、
見学会が行われました。
いま立っているところがそうなんです。
もう埋め戻されて見ることはできませんが。

川堤には茶園が広がっていました。

寒冷紗という覆いが見えます。
ここで足を止めて堤講師から宇治茶の話を聴きました。

IMG_3805 - コピー.JPG 
史跡太閤堤の真上に、宇治川の朝霧をたっぷり吸って育つ
宇治茶の覆下栽培風景。


これは覆下茶園といって宇治独特の製茶風景です。
いまは広く行われていますが、この宇治が発祥。
本来は葭簀を張り、
抹茶と玉露という高級茶のみ栽培されます。
太陽の光線を寒冷紗でだんだんカットしていくことで
お茶の甘味が増すこと、
宇治川の朝霧が茶の生育に必要なことなどなど。
一心一葉という言葉も始めて聞きます。
茶葉にはやわらかい新芽も見えました。

京阪宇治駅に戻った一行は、
すぐ隣の『源氏物語』宇治十帖「東屋」の古跡を訪ねました。
東屋観音と呼ばれていますが、
もしかしたら大日如来かも、と講師。
なんていいお顔の仏さまでしょう。
IMG_3811 - コピー.JPG 
   宇治十帖「東屋」の古跡。東屋観音。見事な石像です。


ここで一行はお昼の休憩です。



午後、最初に立ち寄ったのは橋寺放生院。
歴史は古く、秦河勝が聖徳太子の
念持仏を祀る地蔵堂を建てたことに由来します。
ここで知られているのは、「宇治橋断碑」。
IMG_3620.JPG 
覆われて何も見えない宇治橋断碑。見学料も期間も時間も
指定されています。


「多賀城碑」「多胡碑」とともに
日本三古碑のうちのひとつです。
元興寺の道登が
宇治川に橋を架けた出来事が刻まれています。

現在の石碑は境内から発掘された
上部三分の一に残りを復元して接合させたもの。
昔は誰でも拝見できたのですが、
今はお金を払わないと見ることはできません。
文化財は誰のものか、考えさせられる講師の話でした。


朝霧橋の近くに「離宮水」と書かれた湧き水がありました。
さすが茶どころ、石臼の形をしています。
IMG_3817 - コピー.JPG 
         湧き水「離宮水」 石臼形の水盤がユニーク。


名水桐原水と同じ水源だとか。


離宮水から少し戻り、さわらびの道沿いに鎮座する
又振神社で解説がありました。

IMG_3820 - コピー.JPG 
       「又振神社」での解説。小さい社の大きな歴史。


怨霊となった藤原忠文を祀る小さな社ですが、
「宇治十帖」にも登場し、
浮舟が歌にこの社の名を読み込み、
匂宮に宇治にいることを見破られる
重要な役どころを演じる社でもあります。

歴史上の出来事と小説の構想が出会い、
虚と実が交錯する舞台として現在も目の前にある。
それが宇治という歴史の町なのかもしれません、と講師。
胸に響きました。


宇治川の豊かな水量と
流れの急なことに驚きながらも楽しい散策です。

興聖寺へ向かいます。
京都には数少ない曹洞宗の古刹。
しかも道元によって建てられた
日本最初の曹洞宗寺院なのです。
参道は琴坂という宇治十二景の一つ。なかなかの坂道です。
IMG_3849.JPG 
    春の桜、秋の紅葉、そして山吹の季節は最高の琴坂。


登り切ったところには
建仁寺竹田益州老師と
表千家即中斎宗匠が「抛筌」、
裏千家淡々斎宗匠が「謝茶」
と揮毫された茶筅塚が。
IMG_3835 - コピー.JPG 
             お茶、そして茶道との縁を示す茶筅塚。


興聖寺が建てられた場所は、
かつて宇治七名園のひとつであった
朝日茶園の跡なのです。
元のお仕事の関係で、お茶に関わる講師の話は
さすがに興味深いものがあります。

さて境内へ。
ここは観光寺院ではなく、
日々厳しい修行が続けられている僧堂(専門道場)です。
張り詰めた空気が境内に漂い、
掃き清められた清浄な空間で、
禅と茶に明るい講師の話は、
とても面白く、ためになります。
IMG_3688.JPG 
         環境と修行が造り出す清浄な境内。興聖寺。


鐘楼、本堂、血天井、開山堂、禅堂など、
その場、その場での的確な説明がわかりやすいものでした。

それにしても日本では七福神の一人で、
福の神である大黒さんが
インドでは暗黒を司る怖い神様だったとは驚きました。
弁財天と毘沙門天とが一体となった三面大黒さん、
色鮮やかでしたね。
IMG_3685.JPG 
               少々怖い雰囲気の三面大黒さん。


再び琴坂を下り、福寿園で休憩をとった一行は、
源氏物語に横川の僧都として登場する
恵心僧都源信が開いた恵心院へと向かいます。
恵心院.JPG 
       宇治川を見下ろし、鳳凰堂を見晴るかす恵心院。


平安時代後期の十一面観音を本尊にもつこの古刹は、
光源氏の弟である八の宮が説法を聞きに訪れた
風情を感じさせる宇治川を見下ろす高台の景勝地にあり、
現ご住職の丹精された花畑が見る人の心を和ませます。
河津桜や三春滝桜も見事でした。


一行は本日のメインである宇治神社と宇治上神社へ。

宇治神社参道には「菟道」地名の由来となった
兎の手水鉢が参拝者を迎えてくれます。
周到に置かれた鏡が憎い演出ですね。
IMG_3826 - コピー.JPG 
       今年の初詣には大変な賑わいを見せた手水鉢。


宇治神社でのお話はとても深く、広く、
ここに書けるような内容ではありません。
ただ、上下一体といいながら
上社と下社で違う社殿の形や、
摂末社に祀られた祭神の違い、
祭礼のあり方や地域との結びつきなどから、
宇治神社は宇治上神社とではなく、
対岸の県神社との関係のなかで
考証されなければならないという話には説得力がありました。
IMG_3860.JPG 
         桐原日桁宮跡を示す宇治神社拝殿「桐原殿」


IMG_3863.JPG 
     宇治神社本殿。確かに宇治上神社と違う形ですね。


そして本日の目的地、
世界遺産の宇治上神社へ向かいました。

国宝の拝殿と本殿。
宇治七名水で唯一残る桐原水。
摂社の春日神社。
境内に点在する巨石の意味。
一つ一つが興味深い話の連続。
IMG_3880.JPG 
              難しいけれど興味津々の話の連続。


おまけに末社の香椎社の前で話が始まるや、
それまでの雨模様が一転、温かい陽射しが注ぎ始めました。
まるで講師の熱い想いにお日様が応えたよう。

しかし、香坂皇子に忍熊皇子。
怨みをのんで死んだ仲哀天皇の正統な
皇位継承者を祀る社がどうしてないのか。
なぜここだけ神功皇后と武内宿禰を
祭神として並祀するのか。
P1100073.JPG 
               神功皇后と武内宿禰を祀る香椎社


そして何よりも、独特の形態を示す本殿の
三社の配置と大きさに籠められた意味とは。
P1460319.JPG 
     中殿だけが異様に小さく、屋根も独立する本殿内部


講師の話はまるで推理小説を読んでいるように
次々に転回していきます。座学と違い、
目の前にそれぞれのお社があるだけに迫力を感じます。

それにしても天皇家の秘密や祭神の話など、
知らないことがいっぱいあって本当に興味が尽きません。
次の平等院の時の、対岸の宇治散策が今から愉しみです。


 
 
 
 
 
posted by 清遊 at 09:13| Comment(1) | TrackBack(0) | 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月04日

世界遺産 仁和寺現地案内報告

2月26日、予てより楽しみにしていました
京都・清遊の会の「世界遺産現地案内」
第一回の仁和寺訪問を行いました。

朝のうちは冷え込んでいましたが、快晴!
古寺の伽藍が青空に映えて、それは見事でした。
DSC_0082.JPG 
     快晴の空の下、伽藍の佇まいがひときわ映えます。

午前10時20分、二王門下に集合した参加者は
その大きさや筋骨隆々の二王像、裏の狛犬と狛獅子
一層と二層でほぼ変わらない広さの屋根復古和様
最高の寺格を誇る名刹の堂々たる佇まいを肌で感じました。

二王門4.jpg 
              京都有数の二王像。迫力あります!

DSC_0109.JPG 
   復古和様、逓減率が変わらない重層屋根、見事です。

一行は境内の済信塚へ。
こんなところに集まって何を見てるの? という
他の観光客の視線を感じつつ(笑)
父・雅信、姉・倫子、道長の栄華、
そして仁和寺の興りへと、話はハードです。

IMG_3260.JPG 
普通なら見過ごします。でも聞けば納得。重要史跡でした。

華道の家元でもある仁和寺を象徴する
大仏師長田晴山の佳作金剛華菩薩像など
普段はあまり気に留めないものながら
一つ一つの重要さを改めて学びました。
IMG_3269.JPG 
     金剛華菩薩像。よく見れば素晴らしい仏像です。

通常のコースとは違う道順で
一行は黒門から五重塔
木立の中に見え隠れする塔身の素晴らしさ
二王門と同じく逓減率の低さを目で確認
屋根を支える天邪鬼、一箇所だけ違う龍瓦
見どころは満載です。
P1450424.JPG 
  景色に溶け込んだ塔身、柔らかな姿です。

P1450426.JPG 
    東南隅の龍瓦。天邪鬼とともに見過ごすと残念です。


そして隣の九所明神社へ。
東西文化の交錯地点である仁和寺の歴史を象徴するのがここ。
京都を守護する神々が一堂に会し、
慶長21年彫銘のキリシタン灯籠が厳かです。
P1110193.JPG 
広い境内の中でも独特の雰囲気を持つ九所明神社。
三基のキリシタン灯籠がその存在を示します。

IMG_3288.JPG 
     拝殿前で解説を聞く一行。実物を見るって大事です。

すぐ横にある階段を使わず
崖のような(!)坂道を登って経蔵へ。
まったくこの講師の案内は油断も隙もありません(笑)
P1110213.JPG 
     ああ、歩きにくい! でも不思議に胸が高鳴ります。


境内の中で最も高台にある一郭。
経蔵、金堂、鐘楼、御影堂
巨刹仁和寺の中枢です。
それぞれの建物の特徴や仏像の解説
中には入れませんが、わかりやすい説明です。
IMG_3297.JPG
 
  境内のもっとも高い一郭。密教寺院仁和寺の中枢です。

IMG_3308.JPG 
   現存最古の紫宸殿遺構、金堂。存在感がありますね。

水掛不動尊、菅公腰掛石、閼伽井
興味深い逸話の連続で、講師の話を聞いていると
まるで本当に目の前の石に道真公が腰掛けているような
そんな錯覚が起きるから不思議です。
P1110260.JPG 
      話を聞くうち、不動明王が道真公に見えてきます。


御影堂の清涼殿古材を使った蝉の金具を見たり
堂内の厳かな雰囲気を味わった一行は

P1110283.JPG 
    優美な印象を残す、清涼殿古材で建てられた御影堂。

IMG_3331.JPG 
 ここにもある蝉の金具。女人の美しさは儚いものなのです。


一旦境内を出て、成就山八十八ヶ所霊場
少しだけですが、札所巡りの気分を共有します。

再び境内に戻った一行は
大黒堂から観音堂へ。
伝法灌頂という密教の秘儀、
屋根の上の贔屓という生き物
この講師にはおなじみですが
興味尽きないお話です。

P1110320.JPG 
       たちが高く、不安定ながら重要な建物、観音殿。

御室桜に囲まれて建つ
五重塔の雅姿を見ながら小休止。
仁和寺の寺名の秘密、二王門と書く理由など
面白く、ためになる話をうかがった後は
中門の妻飾りの解説、硬軟取り混ぜての話は
ついていくのが大変です(汗、汗……)
P1450430.JPG 
      珍しい二重虹梁の蟇股。難しいけど見れば納得。


二王門、中門、金堂と、
次第に地勢を上げていく境内の中で
御室の名に相応しい雰囲気を見せるのが
筋塀と松に囲まれたこの中門下の一郭。
御所の風情満点です。
P1450429.JPG 
筋塀と松に囲まれた中門。まさに御室の語感そのままです。


その風情を象徴するのが勅使門
建築というより彫刻ですね、と講師。
まさにその通り。
日本建築史に一時代を画した亀岡末吉の力作です。
IMG_3367.JPG 
隅々まで埋め尽くされた精巧な細工。感嘆。


お昼の休憩をはさんで、再び合流した一行は
御室の中心、御殿へ。
亀岡末吉、塩野庄四郎、安田時秀と
近代京都の建築をリードした人たちの仕事を
詳しい解説とともに堪能しました。

白書院の拓本や扁額の話などは
まったく他では聞けない、清遊の会ならではです。
IMG_3375.JPG 
          李白の筆「壮観」の拓本。面白いお話です。

IMG_3373.JPG 
  「功参造化」の扁額。日清戦争を巡る驚きのお話でした。


宸殿の南と北でガラリと趣きを変える仕掛けの秘密
釣殿の意味と価値、南庭と北庭の違い
DSC_0081.JPG
P1130617.JPG 
宸殿の南側(上)と北側(下) 同じ建物の両側面、この違い
話を聞かないとわかりませんね。なるほど。
寝殿造の庭と書院造の庭、なるほど、なるほど。


宸殿の障壁画帳台構の意匠、床框の螺鈿細工などなど
次から次へと素晴らしい文化財の解説、驚きの連続です。
P1130547.JPG 
    帳台構に描かれた孔雀。仁和寺における孔雀とは?


霊明殿に至る廻廊の地勢を利用した軽快な全体構想、
途中に設けられた腰掛の華奢で優美な姿、
古今の建築を知り尽くした亀岡式の魅力満載です。
P1130568.JPG 
 全体にめぐらされた廻廊の妙味、腰掛の魅力、圧巻です。


霊明殿で終戦秘話を拝聴し、
P1130605.JPG 
       近衛文麿筆の扁額。目からウロコの終戦秘話。


高台から御殿全体を見渡すと、
建物と庭との関係があらためて身に沁みます。
IMG_3417.JPG 
 霊明殿から見た北庭と宸殿。建物と庭の関係が見事です。


黒書院の堂本印象や、白書院の福永晴帆の襖絵
もう一度、御殿全体を巡り直した一行は
近代と古代が交錯する御殿の建物に
復古王朝の余韻を残しつつ御殿を後にし

少し時間があるため
賛成多数で双ヶ丘山頂へと向かいました。

一の丘山頂.JPG
 
   双ヶ丘、一の丘山頂。疲れた足に鞭打って登りました。
 

海抜は低いながら、一日広い境内を巡った後の
思ったよりハードな山道を
喘ぎながら登り山頂へ。

しかし登って良かった!
山頂からみる仁和寺の全景は見事の一言。
疲れを忘れ、しばし景色に見入りました。
一の丘からの仁和寺全景.JPG 
この絶景! 苦労して登ってよかった! 素直な感想です。

山上古墳や秦氏豪族の墳墓址などの話をうかがい
双ヶ丘一号墳石室入り口2.JPG 
           双ヶ丘山頂の一号墳墓。迫力ありました。


たくさんの思い出を残して
一行は丘を降り、解散しました。
本当に一日、お疲れ様でした。

清遊の会は引き続き京都の世界遺産の解説と
現地案内を行ってまいります。

是非、お一人でも多くのご参加を
心よりお待ち申し上げます。

 
posted by 清遊 at 04:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月30日

京都・清遊の会 12月 おもしろ講座と現地案内報告

12月の清遊の会は、おもしろ講座と現地案内1日だけでした。

おもしろ講座は来年の大河ドラマにあわせ
「お江と戦国の女性たち」
がテーマでした。

600px-Oeyo.jpg 
54年の生涯を生きた崇源院、お江。
将軍正室で将軍の生母となったのはお江だけです。


お江とは
信長を伯父に
秀吉を義兄に
家康を義父にもつ
戦国時代きってのセレブ

夫は二代将軍
子は三代将軍
娘は天皇中宮
孫は天皇

というとんでもない女性
絶世の美女を母にもつ三姉妹の末っ子は
父を知らずに育ちます。

長姉・茶々(淀)

茶々 淀 肖像画.jpg 
秀吉の側室となり、鶴松、秀頼を生んだことになっている茶々

初 常高院.jpg 
父・浅井の主家である京極家に嫁ぎ
三姉妹中もっとも長寿を保ち
慕われ続けた次女・初、常高院

権力者たちの野望にさらされ
時代の波に翻弄されつつも、
多くの子宝に恵まれて、
天皇の祖母ともなったお江

その数奇な生涯と
来年多くの人が訪れるであろう
京都におけるお江の遺跡やゆかりの場所
について大変興味深い話を聞きました。

DSCF0393.jpg 
茶々によって建立され、お江によって再興された養源院。
このお寺にはお江の想いがいっぱい詰まっています。


DSCF0390.jpg 
養源院玄関。葵の御紋が目を惹きます。

C056.jpg 
養源院の襖絵。琳派の祖となった俵屋宗達の松図。
権力者の居室を飾った永徳とも探幽とも違う、
踊るような松に、お江の想いが重なります。


加えてあまり知られていない
三姉妹の次女初の養女となった古奈姫ゆかりの
三寶寺など、興味津々でした。

P1310482.JPG 
鳴滝の三寶寺は古奈姫ゆかりの古刹。
姫が寄進した淀殿・秀頼・国松丸の供養塔。意外な歴史に
驚きの連続です。


IMG_2374.JPG 
画像をふんだんに使って、とてもわかりやすいお話でした。


講師の話は京極竜子に醍醐の花見と
次から次へと展開し、春日局や篤姫まで
とても楽しく、来年の大河ドラマが待ち遠しくなりました。


現地案内 黒谷訪問

午後からは場所をお江ゆかりの
黒谷金戒光明寺にうつして現地案内です。

P1430166.JPG 
法然上人ゆかりの「白河禅房」の地を示す瓦

城壁のような石壁の説明を受けたのち
一行は禅宗建築の遺構を示す山門へ
珍しい扁額の意味を学びました。

P1430172.JPG 
浄土宗四ヶ本山の山門に「浄土真宗最初門」の後小松天皇扁額。
気づかずに通り過ぎるのはもったいなさ過ぎます。


P1430207.JPG 
天沼俊一教授による御影堂「大殿」。
最高の音響効果と、採光効果を備えた昭和の名建築です。


P1430200.JPG 
元の経堂がお骨を納めた骨大師に変わっていました。
堂内には法然ゆかりの二十五霊場のお砂が配され
お砂踏みができるようになっています。


P1430211.JPG 
本堂・阿弥陀堂の本尊と天井画。
源信最後の造仏で、「のみ納め如来」の名が。


IMG_2410.JPG 
大方丈前で説明を聞く参加者

P1430234.JPG 
当寺はかつての会津藩本陣あと。
本陣の名残を見せる建物です。


P1430325.JPG 
春日局によって寄進された極楽橋。もとは木橋。
今は新しくなっていますが、局のお江に寄せる思いが伝わります。


IMG_2427.JPG 
春日局によって建立されたお江の供養塔。
その巨大さと、塔の入り口を守る自分の塔
そしてお江の横にならぶお江が溺愛した
徳川忠長の供養塔の位置関係が
愛憎を超えた時の浄化を思わせます。


P1430334.JPG 
忠長の供養塔と並ぶお江の塔

黒谷 春日局 供養塔 .jpg 
お江と忠長親子の塔を守るように
二人の塔の入り口に建つ春日局供養塔。


IMG_2429.JPG 
法然上人の遺骨を納めた御廟。
黒谷を訪れる人の一体何人がこの御廟や
すぐ下の蓮池院(熊谷堂)をお参りするでしょうか。
本当に清遊の会ならではの案内です。
手前の五輪塔は敦盛の供養塔。


P1430346.JPG 
法然上人御廟内部。
お厨子の中に勢至菩薩像。
その下には上人の遺骨の上にたつ五輪塔が納められています。


P1430349.JPG 
塔頭西雲院境内
ここでは朝鮮通信使の話を聞きました。
この塔頭の初代住職宗巌師の話、
秀吉の蛮行の意味と通信使の使命……
圧巻の説明です。
この塔頭に法然の貴重な遺跡「紫雲石」
がある意味がわかりました。
上は中国人医師王けん南の墓。
琳派ゆかりの人物でもあります。


P1430360.JPG 
会津墓地入り口
会津藩が神道であることも初めて知りました。


IMG_2446.JPG 
お江の夫、二代将軍秀忠寄進の三重塔。
日本三文殊の一つ。
本尊の渡海文殊像は御影堂に安置。


IMG_2459.JPG 
三重塔からみる夕日。
西方浄土を願って、この夕日を見ながら行う「日想観」は
かつて大変な人気だったそう。
入日の中に浄土を観想する、擬似体験ながら
とても有意義な締めくくりでした。


このほかにも予定外に真如堂を訪れたり
黒谷墓地に眠るたくさんの有名人の
話を聞いたり、盛りだくさんの一日でした。
午前のおもしろ講座に続いて参加された方々も
午後からの現地講座のみ参加された方々も
本当にお疲れ様でした。
お楽しみいただけたでしょうか?
清遊の会は、来年以降もためになる講座や
現地案内を行ってまいります。
一人でも多くの方にご参加頂けますよう
心よりお待ち申し上げております。
皆様、どうぞ良いお年をお迎え下さいませ。







posted by 清遊 at 15:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都・清遊の会 11月 紅葉狩り報告

11月27日(土)、将軍塚から円山公園へ、
晩秋の紅葉狩りを行いました。

三条のだん王法林寺に集合、
タクシーで将軍塚へ向かいました。

だん王さんは浄土宗の寺院。
当初はただの集合場所だったのですが、
三々五々、境内を散歩する参加者を見て
講師の話したい魂? に火がついたようで……

P1430073.JPG 
当寺の境内はその昔、興行、縁日
と京都を代表する観光名所でした。
一見、仁王門に見える楼門。


P1430085.JPG 
実は四天王門なのです。
初めて見る形式に一同びっくり!


P1430091.JPG 
本堂は小さいながら堂宮造りの見本ともいえるそう。
それを証明する見事な妻飾り彫刻、必見です。


朝陽山、施檀王院、無上法林寺といういかめしい名前
袋中上人と団王さんの話、
信ヶ原譲誉という傑僧のこと
富岡鉄斎翁の供養料について
往時は大変な信仰を集めたという主夜神堂のはなし
などなど、とても予定してなかったとは思えない説明に
一同大満足でした。

さて、本来の紅葉狩りへ

青蓮院の飛び地境内である大日堂
かなり盛りを過ぎたとはいえ
まだまだ見事な紅葉が迎えてくれました。

IMG_2039.JPG 
山門から見える紅葉に期待が高まります。

P1020497.JPG 
紅葉に包まれた大日堂。
参加者のT下さんから頂いた写真です。


P1420793.JPG 
付近から発掘された胎蔵界大日如来の石像。
大日堂の名前の由来です。


P1420840.JPG 
境内は中根金作氏の作庭です。

IMG_2011.JPG 
ここが本物の将軍塚。
実際に鳴動した事例まで説明されるのが清遊の会の特長。


境内に設けられた立派な展望台からの眺めは
まさに絶景!
しかし、一人だけ高さが違う人がいるのですよね(笑)

P1420860.JPG 
境内北側展望所からの眺め。
ここからでも充分に見事です、とうそぶく誰かさん。

そのほかにもたくさんの説明を聞き
一同は名残惜しく大日堂をあとに……

気を付けて東山の斜面を降りると
法然上人ゆかりの「蛍の窟」につきます。
正しくは「法垂窟(ほうたるのいわや)」といい
日本浄土宗決定(けつじょう)の地ともいえる場所です。

IMG_1974.JPGIMG_1978.JPG 
法然上人が夢中で善導大師と出会われた場所。
いわゆる「真葛ヶ原の出会い」の舞台に襟を正します。


知恩院の大鐘楼を経て、安養寺
青空に映える銀杏の黄色が目に鮮やかです。

P1420910.JPG 
天台宗と浄土宗と時宗が交錯する吉水の地。
近くは「円山会議」の舞台でもあり、
中世から近世の歴史も交わります。


IMG_2050.JPG 
本堂に座り、講師の話を聞きます。
めまぐるしく宗派が入れ替わりとても一回では理解できません。
さらに大谷句仏まで登場し、宗教学と幕末維新が飛び交い
参加者の頭はウニ状態? 
とにかく大事な場所ということだけは分かりました(汗、汗)


P1420948.JPG 
吉水の地名の由来。法然上人が永い年月を過ごした地。
親鸞との出会いもここでした。手前の井戸と奥の湧水。
どちらも今は涸れてしまいました。


P1420969.JPG 
かつてこの場所は青蓮院の土地。
それを示すように慈円和尚の宝塔。重文です。
もっとこの塔は知られなければ、と講師。
同感です。


弁天堂を出て、一行は長楽寺
名にしおう名刹。
聖一国師七条仏師頼山陽富岡鉄斎
次から次に歴史が飛び交います。

IMG_2188.JPG 
西行や建礼門院の故事で知られる長楽寺

P1430104.JPG 
焼いてない、手びねりのままの布袋像。驚きの土像です。

P1020594.JPG 
慈照寺庭園の試作との伝承をもつ庭園。
地勢を巧みに使っています。


はや日は西に傾き、
一同は時宗の遊行上人像を鑑賞したのち
長楽寺を後にしました。
今までとは打って変わって混雑する円山公園を通って
八坂神社西門で解散しました。

P1020601.JPG 
円山公園の枝垂れ桜 秋ならではの造形美が見事です。
これも参加者のT下さんよりいただきました。



晩秋とはいえ、まだ充分に紅葉もきれいで、
いつもながらの圧巻の説明、
皆様も満足して頂けたのではないでしょうか。
報告が遅くなり、本当に申し訳ございませんでした。





posted by 清遊 at 12:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月27日

公家茶室で楽しむ「和菓子の会」と京都御苑散策

2010年10月19日 おだやかな秋の一日、京都御苑・拾翠亭において「和菓子の会」を開催、続いて京都の公家文化の話を聞き、御苑内の厳島神社や宗像神社に鎮座する観光神社などの散策を行いました。

旧九条家茶室・拾翠亭は、江戸時代の公家茶室遺構として残される貴重な建物。
翡翠(かわせみ)の緑(翠)を拾い集める意の席名らしく、開け放した窓から緑の爽風が吹き渡ります。

第一部「和菓子の会」は和菓子研究家の井上由理子先生から、目で楽しみ、耳で学び、口で味わう京菓子の醍醐味を教わりました。

以下、何枚かの写真とともに情景を追います。

001.JPG 
九条池に面した拾翠亭一階広間にて
井上先生から和菓子の歴史についてお話を聞きました。

002.JPG 
開け放った縁側から高倉橋を望む風景。
聞こえるのは風のそよぎと鳥のさえずりのみ。

003田道間守画像.jpg 
不老長寿の仙薬をもとめて黄泉国に渡った
菓祖「田島間守命(たじまもりのみこと)」。
手にはお菓子の起源とされる「非時香菓
(ときじくのかぐのこのみ)」を持ちます。


004.JPG 
唐菓子の一つ「歓喜団」(清浄歓喜団)


005.JPG 
同じく唐菓子の一つ「索餅(さくべい)」(再現)
IMG_1491.JPG 
茶の湯創生期から用いられた菓子の一つである「昆布」

IMG_1493.JPG 
南蛮菓子の一つ「コンペイ」

IMG_1497.JPG 
南蛮菓子の一つ「ホウル」

IMG_1490.JPG 
秋の干菓子いろいろ

IMG_1501.JPG 
南蛮菓子の一つ「アリヘイ」が進化した有平糖

011.JPG 
最も古い和菓子の製菓書「古今名物御前菓子秘伝抄」

012.JPG 
「京菓子講座」(昭和33年刊)

IMG_1525.JPG 
お話のさいごにお抹茶で秋の主菓子をいただきました。
秋桜、萩、まさり草、光琳菊、栗、紅葉などとりどりの意匠。


第二部は二階に場所を移し、堤講師から、京の公家文化についてお話を聞きました。
九条家は近衛家に次ぐ五摂家の名家。
摂家とは摂政・関白を出すことができる家格をもつ公家のことです。

IMG_1534.JPG 
二階で現代にまで続く公家の歴史や
京の祭事に生きる公家の影響を学んだあと、
亭内の建物の説明を聞きます。

パンフレットに書かれているようなことはパンフレットを読んでください、
と話は自在な展開を見せ、池に突き出した縁側の榑縁(くれえん)と切り目縁の違い、
そしてその縁の下の意外な世界……。
本当に目からウロコの連続です。

P1410562.JPG 
榑縁の縁側と欄干の意匠、
下ろされた御簾の高さと座る文化の視点の交点。
絶妙のバランスが光ります。

P1410644.JPG 
縁下に広がる荒磯の景。そのこころとは?

さらに一同、建物を出て腰掛待合の演出などを聞き、亭外へ。

P1410630.JPG 
様々な仕掛けが施された腰掛待合。
聞かないとわかりません。

勧請された厳島神社や、御苑内に鎮座する宗像神社などを見学しました。

IMG_1550.JPG 
おなじみ珍鳥居。
しかし、鳥居だけではなく神社の説明が大事です。

IMG_1561.JPG 
宗像神社内に鎮座する観光神社。
観光王国京都ならではの由緒は見逃せません。


講師が用意された幕末の京都御所公家屋敷配置図とともに巡る京都御苑散策。
本当にわかりやすい説明で一堂満足の二時間でした。




posted by 清遊 at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月28日

比叡山東塔参観


比叡山東塔探訪  9月18日(土)


 初秋の一日、晴天に恵まれ、比叡山東塔を訪ねました。
 往路は京都駅からバスで比叡山ドライブウェイを経て東塔へ。
 気温は23℃。バスの中を心地よい風が渡ります。
 延暦寺バスセンターからシャトルバスで西塔へ。

IMG_0994.JPG

 浄土院から東塔へ入るため、まず西塔を訪れ、常行堂・法華堂、そして椿堂を見学しました。


 DSC_0186.JPG
 担い堂 同形・同大の建物が並び、今も厳しい修行が続きます。


 修行中の張り詰めた空気が流れる山中、時代を経た朱色のお堂が佇みます。ここは四種三昧のうち、常に歩いて経を読み、三昧になる常行三昧の道場として極めて大事なお堂。
 向かって左が常行堂、右が法華堂。二つの建物はコの字形に廊下でつながり、これを天秤にして弁慶が担いだとの伝承から、担い堂と呼ぶのだそう。
 多分、担いでないと思います、と講師。和やかな空気が緊張を和らげます。

 講師が、この山の樹々は何百年もこうしてお経を聴いて育ってきたんですね、と言われました。ほんとうに辺りは神聖な気に満ちています。


 坂を下り、急な石段を降りると椿堂です。
 聖徳太子がこの地に宝塔が出現したのを見て登山し、杖を地面に挿したところ杖から椿が生えたとの故事があるそうです。
 法華経こそ国家を救う経典との確信のもと、太子の後継者たらんとする最澄にとって、山内にある貴重な太子の遺跡です。お堂の回りにはやはり椿の木が生えていました。

 A.JPG
        椿堂 お堂の両側に椿の木。さて、どちらが……。


 谷をあがり、延暦寺の中でも最も清浄の地、浄土院へ向かいます。

IMG_1084.JPG

 ここは開祖伝教大師最澄の遺骸が納められる廟所。前には沙羅樹と菩提樹。
 最澄はここで今もなお生けるがごとく、朝夕食事を供されているのだそうです。
 ここでは最澄に仕える「侍真」という行者が十二年間籠山し、境内を塵ひとつなく掃き清め、その厳しさは「掃除地獄」と言われるのだそう。途方もない年月に驚きです。

B−1.JPG 
              伝教大師廟 山内最高の浄域です。

IMG_1075.JPG
 
      廟堂 御廟の屋根に猿を見つけました。
          延暦寺の守り神、日吉大社のお使いです。


 実は他にもいろいろな発見が! 

IMG_1066.JPG

 清遊の会ならではの見学です。

 さて、浄土院を後にして、本日最大の難所(?)を歩きます。

IMG_1092.JPG

 途中、第五世天台座主の円珍の住房、山王院前で円珍派と円仁派の話を聴きます。すべては最澄が後継者を入唐求法の通訳であった義真を指名したことから始まりました。

 円珍派は智証大師の木像を背負ってここから下山、以後山門派(延暦寺)と寺門派(園城寺)に分かれました。


 一行は山内で最も水量豊富な湧水、弁慶水を経て、法華総持院へと向かいます。
 途中一人だけ列を離れ、脱兎のように坂道を駆け下りる人がいて、なんとも可笑しなことでしたね(笑)。
 ススキの穂が揺れてすばらしい景色でした。

IMG_1098.JPG


C.JPG
 
             弁慶水 西塔から千日運び続けた!?



 法華総持院は東塔西谷にある寺院群。東塔、潅頂堂、阿弥陀堂、寂光堂が回廊で結ばれています。
 担い堂と同じですね。

IMG_1108.JPG

 回廊の下をくぐって進むと壮麗な建物群。
 まばゆいばかりです。
 法華とは法華経、総持とは密教を意味します。法華総持院は貞観4年(862)、円仁が天台密教の根本道場として建立して以来、焼失、再建を繰り返し、文明17年(1435)放火によって焼失してから再建されませんでした。
 現在の伽藍は昭和52年(1977)、伝教大師出家得度千二百年記念として計画され、昭和62年の比叡山開創千二百年を記念してすべての堂塔が落慶しました。


 まずは東塔を見学。

 最澄は生前、国内に六基の宝塔を建立し、法華経の力によって国家を鎮護する六所宝塔の誓願を立てました。その六基のうちのひとつ、日本国総安鎮としての近江宝塔院がこの東塔です。
 塔とは最澄が法華経千部を安置するためのもので、二階には仏舎利を中心に法華経千部が納められています。

 ここから眺める琵琶湖の眺望は素晴らしく、しばし塔の前に座り、その景色を見ながら講師の説明を聴く、なんとも贅沢なひとときでした。

D.JPG 
              東塔 心地良い風が吹き渡りました。


 次は阿弥陀堂。
 日野の法界寺阿弥陀堂を模して建てられ、丈六の阿弥陀如来が安置されています。法華総持院は法華経と密教の道場。そこに阿弥陀堂が……。
 最澄による法華一乗、円仁・円珍による台密、そして源信・良源による天台浄土教、四宗兼学の延暦寺ならではです。心を鎮めて参拝しました。

E.JPG 
   阿弥陀堂 堂前には水琴窟が配された一郭があります。


 いよいよ最澄の悲願、戒壇院へ。

 まさに古色蒼然。屋根は宝形造、軒唐破風をつけ、二階建に見えますが、裳階をつけた一層の建物。その重厚さにただただ見上げるばかり。

 それまで奈良・東大寺、下野・薬師寺、筑紫・観世音寺の三寺でしか僧侶になる小乗戒を受けられなかったことに対し、最澄は新しい都の大乗戒を授けることができる、この戒壇院の設立を願いました。

 しかしその許可が下りたのは最澄の死後七日目のこと。完成したのは弘仁14年(823)のことでした。中央には石造の戒壇が置かれ、釈迦三尊像が安置されているそうです。

 IMG_1122.JPG
            戒壇院 落慶には空海も駆けつけたそう。

 大講堂の前でなんとも不思議な聖女塚の話を聞いた一行は、その塚の場所を聞いてびっくり! 教えてもらわないととても発見できません。

IMG_1124.JPG 
                 聖女塚 「せいにょ」と読みます。


 大講堂へ。
 内陣の本尊は胎蔵界大日如来像。右に十一面観音、左に弥勒菩薩が祀られています。
 本堂には釈尊以下の聖人や叡山歴代の高僧の像が掲げられ、左右の部屋には叡山で修行し、山を下りて一派を開いた祖師たちの木像が、それぞれの教団から献じられています。叡山ゆかりの宗教家たちの話、興味深く聞きました。

IMG_1125.JPG

H.JPG
 
           大講堂 日本仏教の縮図をみる思いです。

 大講堂を出たあと、しばしベンチに座り、今は「開運の鐘」となっている鐘楼の梵鐘について学びました。一打50円、連打はお控え下さい、との案内。
 もとは日吉山王の神輿を担ぎ、都へ強訴した合図の鐘。連打してこその鐘、と思わず吹き出す解説です。

 I.JPG
 開運の鐘 二代目です。初代は国宝館に。開運どころか……。

 已講坂を降り、登天天満宮、牛彫物の解説を聞きながら、萬拝堂へ。萬拝堂の地階でおそい昼食をとりました。
 それにしても牛の彫物。すぐ側にある天満宮と無関係とは! 紛らわしいことこの上ありません。

IMG_1135.JPG 
              牛彫物 立派な角が物語るものは?


 大黒堂横から文殊楼へ。
 根本中堂の真正面の丘上に文殊楼。ここは常坐三昧院。建物の四隅と中央には円仁が五台山から持ち帰った霊石が埋められています。
 急な階段を上り、楼上の文殊菩薩に参りました。ここでも一人、上らない方がおられましたね(笑)。

K.JPG
            文殊楼 古格あふれる堂々たる佇まい。


 東塔の根本御堂である国宝・根本中堂へ。延暦寺三塔の総本堂で滋賀県内最大級の仏堂。廻廊が前庭を取り囲み、廻廊を伝って堂内に入ります。
 廻廊の中備である蟇股にはすべて違う彫刻が。そして前庭には、いん(竹冠+均)篠と篆篠という竹が植えられています。京都御所の清涼殿を連想しました。
 講師から、なんとこの前には60年に一度の干支頭の年や国家の大事に際し修法される法具が埋蔵されていると聴いてびっくり!

L.JPG 
          根本中堂前庭 「聖域」の風情が漂います。


 一歩踏み入れるとほの暗い堂内。内部は内陣、中陣、外陣からなり、その高さは僧侶、天皇と座す人によって異なることを堤講師から教わります。天台密教仏堂の典型といわれる形だそうです。
 内陣中央、須弥壇前に吊られた三つの燈籠。これこそが「不滅の法灯」です!
最澄が自刻の薬師如来像を安置したとき灯されて以来、一度も消えることなく続いている浄火。信長焼き討ちには立石寺から戻されました。
 この場に来られたことが有難く感じられ、感激もひとしおです。
 外に出ると、またまた堤講師とっておきの案内がありました。

IMG_1162.JPG

 根本中堂を守る鬼を見つけに行くのです。
 あった! あった! みなさんの顔がほころびます。
 気付くと見知らぬ参拝者までついて来られていました。

M.JPG 
            この鬼さん、これから出番が多そうです。

 根本中堂の向かい側には伝教大師童形像があります。
 子供の最澄を象った像は比叡山開創1150年を記念して、全国の小学生が一人一銭を拠出して建てられたのだそうです。
 ここで堤講師が用意された資料の登場です。こんな資料を使って解説される案内なんて他では決して有り得ないと思いませんか? 最澄の心が本当によくわかりました。

IMG_1166.JPG 
童形像 暴力と悪語を使わなかった最澄の原点です。

 隣には宮沢賢治歌碑が。賢治の熱心な法華信仰と作品との関係を聴きました。
 文学と信仰、難かしいけれど香気あふれる解説です。
 ちなみに堤講師の叔父さんは天沢退二郎とともに宮沢賢治全集の編集を行った方だそうです。環境って大事ですね。

O.JPG 
   歌碑に書かれた妙法如来正偏知とはお釈迦様のこと


 星峯稲荷社から蓮如堂や総持坊を眺めながらはったい粉上人や一眼一足の怪物など、興味深い話の数々……。
 もっともっとこの空間で、この静寂の中で講師の話を聞いていたい、と誰もが思ったことでしょう。ですが時間は無情に過ぎて、タイムアップ。
 陽はすでに傾きかけて木々の間から差し込み、夕方が迫りました。

 復路はケーブルで坂本へ。たどり着いたケーブル乗り場の前には琵琶湖が見渡せるビューポイントがありました。本日の東塔探訪、締めくくりの眺望です。

IMG_1190.JPG

 下りのケーブルはかなりの急勾配! 時々景色と反対の方を向く人がいたりして、最後まで楽しいひと時でした。

 この比叡山東塔探訪は、伝教大師最澄の心に触れてほしいと願ったツアーでしたが、いかがでしたでしょうか? 

 1日を費やしてこの探訪に参加してくださった皆様と、精一杯の案内をしてくださった堤講師に心より感謝致します。
 有難うございました。















posted by 清遊 at 20:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月03日

等持院を訪ねて

京都・清遊の会 現地案内

等持院 拝観

 8月29日(日)、堤講師の案内で、足利家の菩提寺・等持院を訪ねました。

 まだ真夏のような陽ざしの残る日でしたが、境内に一歩足を踏み入れると、しんと静まり、静寂の世界です。廊下を伝い、関牧翁老師の達磨像を拝して方丈へ。ここ等持院の鴬張りの廊下は本当に美しい音色がします。
 妙心寺から移された本堂。まさかお寺に男女和合の像があるとは知りませんでした。白砂と緑苔、二色の対比が美しいお庭を前に、等持院の歴史を学びます。尊氏逆賊説と朱子学の関係、真如寺と同じ山号の由来など。盛りだくさん過ぎて覚え切れません。汗、汗(笑)


P1300549.JPG
          
白砂と苔の配色が美しい方丈前のお庭


P1300554.JPG 
           
六間取り形式の方丈 ここに聖天像が


 霊光殿へ。正面中央にご本尊の地蔵像。左右に達磨大師と夢窓疎石像。そして徳川家康像。足利家初代尊氏から15代義昭まで歴代の像十三体が並び、一人ひとりの像について詳しい説明がありました。それぞれの事績や、性格、特徴を聴きながら対峙していると、ここはやはりただならぬ雰囲気が感じられます。

P1300570.JPG
                霊光殿外観 

 霊光殿を出て、西庭を観賞。堤講師にご用意頂いた「都林泉名勝図会」と現在の庭を見比べてみます。芙蓉池に架かる橋や植栽までがほぼ同じです。

P1300593.JPG
                    方丈裏からの西庭

P1300609.JPG 
                      書院からの西庭の眺め

km_03_04_016g.jpg 
          都林泉名勝図会に描かれた等持院の西庭 

 書院で、かつてあった霊光殿天井の龍の絵の写真を見たり、お庭の解説を聞きます。ここでも名勝図会のイラストが大活躍。その後、降りて散策です。

 清漣亭は足利義政好みの茶室。室床と楊枝柱、櫛形窓、座る人の立場に応じた天井の造り、そして司馬温公の手水鉢など興味は尽きません。ですが、何よりも藁屋根茶室の簡素で鄙びた風情と義政の事跡、結びつきません!? (笑)。

P1300655.JPG 
                 茶室青漣亭と等持院型石灯籠

 寄せ燈籠の斜面を降りると大きな有楽椿。これは有楽椿と称する椿のうち、現存最大だそうです。風格を感じさせますね。

IMG_0816.JPG
                   風格を感じる有楽椿

 等持院中興、関牧翁老師の胸像を経て足利歴代将軍の遺髪を納めてあるという足利家十五代供養塔、十三重の石塔です。
 その両側には東側に小豆島で生まれ京都で没した天才俳画家、赤松柳史の句碑「煩悩はたえず南瓜を両断す」と、西側にはその高弟・青山柳為の句碑「芙蓉池に風あるやなし落花舞う」の句碑。流麗な文字に思わず足を止め、見入ってしまいます。


IMG_0819.JPG
                   流麗な筆跡の青山柳為句碑

 堤講師から庭歩きの楽しみ方を聞きながら、それぞれに石段や踏み石の景色をたのしみ、東庭にすすみます。
 かつて真如寺の敷地だったという庭で驚きの話を聞きました。ここは西庭とはまた趣を異にし、幽邃な雰囲気がただよいます。いつのまにかまるで別世界に足を踏み入れたかのような空間。東庭は心字池の回りをぐるりと巡っての散策です。
 池中の島には昭和25年のジェーン台風で倒壊した楼閣、妙音閣がありました。鹿苑寺、慈照寺、真如寺は相国寺の山外塔頭。鹿苑寺には金閣、慈照寺には銀閣、そして真如寺には妙音閣。妙音は極楽に棲むという妙音鳥、迦陵頻迦。三庭とも神仙思想に基づきます。堤講師の話は史実と想像の世界を自在に行き来し、考えること、思いをめぐらすことの素晴らしさを教えてくれます。

IMG_0822.JPG
        妙音閣址の礎石を前に、自在に語る堤講師

IMG_0824.JPG
       東庭の風情 西芳寺の黄金地とよく似てます

 木漏れ日がさし、水面がゆらぎ、すすむたび新たな景色が広がる不思議さに、ただただ感激しながら歩きます。そして立ち止まることの大事さ、振り返ることの大切さを実感しました。

 足利尊氏墓には「等持院殿贈大相国一品仁山大居士」の碑銘が。尊氏の仁、直義の智。仁者は山を楽しみ、智者は水を楽しむ……。
 それにしても三条京阪の土下座の像としか知らなかった人が、この墓を鞭で打ち据えたとは! 

P1300714.JPG
            高山彦九郎が鞭で打ち据えた尊氏墓石 

 名残惜しい等持院を出て、隣接する広い墓地に眠るたくさんの画家や映画人の話を聞きながら「日本映画の父」マキノ省三像の下へ。昔ある映画の撮影に立ち会うため太秦に日参し、映画撮影の現場と裏表を体感された堤講師の話は、臨場感たっぷりです。

 日本初の寺内撮影所、等持院撮影所や、ここに続く天授ヶ丘撮影所の歴史とそこで育った時代劇の大スターたちの話、興味深々です。折りしも本日(9月1日)の新聞が京都の時代劇撮影を支えた「映像京都」の解散を伝えていました。堤講師が撮影に立ち会われた映画「利休」もこの映像京都の仕事だったそうです。

P1300741.JPG
           日本映画の父・マキノ省三像。脚本を手に

六請神社

 等持院を出た一行は隣の六請神社に。
 かつて葬送地であった衣笠山の名称の由来が、死者に掛ける絹掛けからきているという説、この地を開いた開拓者たちの崇敬する神が天照国照神であったことから、天照大神信仰と結びつき、さらに死者の救済にあたる地蔵信仰と六地蔵の六がつながって、京奈一円の古社である伊勢・賀茂・石清水・松尾・伏見・春日の六社を勧請、現在の神社となったこと、同じ性格をもつ敷地神社(わら天神)の「六勝神社」が「勝」の字を持つこと、民俗学的に極めて興味深い性格をもつ神社であることなどを学びました。

P1300745.JPG
                           六請神社外観 

IMG_0836.JPG
                        見事な流造の本殿 

P1300757.JPG
                 石に願いを。力石神社のご神体 


真如寺

 六請神社に隣接する相国寺の山外塔頭です。中には入れませんが、鉄柵越しにみるエントランスのなんと素敵なこと。

P1300758.JPG
                趣きのある真如寺のエントランス 

 女性で始めて悟りの印可証明を得た無外如大禅尼が師の爪と遺髪を納めた正脈庵から、高師直が大寺となした経緯、人形寺で知られる宝鏡寺の歴代門跡が眠る地でもあることなど、とても長く深い歴史があることを知りました。
 六請神社もそうですが、こうした機会に紹介されなければ、おそらく何度前を通ってもまず立ち寄ることのない地域の社寺がとても身近に感じられます。これこそが「清遊の会」の京都案内。生きた観光がここにあります。

posted by 清遊 at 11:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月02日

第2回京都おもしろ講座

 
第2回 京都おもしろ講座と社寺拝観 


 8月8日、第2回目のおもしろ講座のテーマは「言霊の世界」でした。
 なにやら夏に涼しそうなテーマ、と思っていたらとんでもない! 話の中身は驚きの連続! 和歌の世界に表れた言霊の例や、とくに面白かった「夕占問」の話。食事の話や野球の話、蓮舫大臣の仕分け秘話まで飛び出し、まったく日常の話題の中に登場する言霊の数々にあっと言う間の二時間。まだまだ聞いていたかったのに残念な時間切れとなりました。本当に堤講師の話は何を聞いても目からウロコの連続です。


IMG_0561.JPG 
                             おもしろ講座風景


社寺拝観 大報恩寺と石像寺
 講座に続き、午後はお盆にちなんで大報恩寺の六道参りを兼ね、素晴らしい建築と仏像の鑑賞会が行われました。
 話は千本釈迦堂の異名の由来や国宝建造物の特長や見どころ、押さえどころの話から始まりました。


P1400803.JPG 
                純和様の簡素で優美な大報恩寺壁面

P1400864.JPG 
全国から寄せられたおかめ像の前で阿亀、於多福、天鈿女と
話は自在に展開します。


 おかめさんの意外な話を伺って、一同は本堂へ。

 昔は六観音との結縁を行っていましたが、現在はご本尊釈迦如来像との結縁です。
 国宝本堂や厨子、天蓋などの素晴らしい説明を聞いて一同堪能。いつもながら堤講師の話は単なる建築や歴史の話に終わりません。


P1410010.JPG 
                    本堂 六道詣り ご本尊と結縁


P1400856.JPG 
   生々しい応仁の乱の傷跡が残る外陣の柱


 そして圧巻の仏像群が安置されている霊宝館へ。

P1400916.JPG 
             鬼瓦ならぬ阿亀瓦に守られた霊宝館


 北野天満宮の神宮寺としての歴史や事物の説明を受け、待望の六観音像と対面です。女人の願に応えて造られた、この素晴らしい仏と向き合う創建当時のままの釈迦十大弟子たち。そして菅原道真自刻と伝える千手観音。仏像とは見るものではなく、向き合うもの、感じるもの。
 造仏、仏を造るとはなんなのか。鳥肌がたつような説明です。本当に「他では聞けない、とっておきの京都案内」の看板に偽りはありません。一人でも多くの方にこの説明を聞いて頂きたいと、心から思いました。


大報恩寺 如意輪観音5.jpg 
     肥後別当定慶作 六観音のうち如意輪観音像

大報恩寺 千手観音2.JPG 
            伝菅原道真作 千手観音像

大報恩寺 十大弟子 目けん連.JPG 
       快慶作 十大弟子のうち目けん連像


 創建時からまったく変わらぬ境内には多くの寄進物や供養塔があります。愛嬌ある布袋さんの像には思わず顔がほころびました。

IMG_0555.JPG 
                境内片隅に立つ温顔の布袋さん

 名残惜しい釈迦堂を後にした一行は、五辻通を東に、石像寺へと向かいました。途中、食べ損ねたカレーの話をされる堤講師。本当に残念そうでした(笑)
 石像寺の前で、驚きのご本尊をもつ別のお寺の話を聞いたあと、いよいよ境内へ。冷たいお茶の接待に一同、感謝、感謝です。


P1400792.JPG 
                               石像寺 本堂

P1410014.JPG 
                      石像寺 石造阿弥陀三尊像


 庶民信仰に支えられ、それに歴代のご住職が応えて何百年という時を超えてきたお寺ならでは、観光寺院と違う香煙に包まれた境内に心癒されます。京洛屈指の石造阿弥陀三尊像を拝し、今もこんこんと湧き続ける弘法水を見学して今回の見学会は終了です。

 来月のおもしろ講座は「暦の話」と「京都国宝秘話」、どんな話になるのかいまからワクワクドキドキです。平日ですが、どうぞ皆様お誘いあわせのうえ、ご参加下さい。

posted by 清遊 at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月25日

祇園祭 花傘巡行・還幸祭見学

24日 花傘巡行・還幸祭見学

 祇園祭本来の神事であるお神輿還幸の日、三部にわけて現地案内や座学の講座を行いました。この日も関東方面からの多数のご参加を頂き30名ほどの大人数となりました。

第一部 花傘巡行・八坂神社周辺見学

 最初に堤講師から花傘巡行の意味と目的、歴史などを聞き、午前十時から始まる花傘巡行を花見小路の「一力」付近で見学しました。

20 花傘巡行の織商鉾。昔は人形が乗っていました。.JPG 
花傘巡行の織商鉾。昔は人形が乗っていました。

21 祇園祭の歴史を伝える馬長稚児。.JPG 
祇園祭の歴史を伝える馬長稚児。


 さまざまに趣向が凝らされた行列にはすべてに意味があり、昭和42年に開始するにあたって考えられた内容や警備との取り決めなど、驚くような説明に今までほとんど知らなかったこの行列が途端に興味深いものとなりました。

 約30分ほどの花傘行列を見物したのち、酷暑のため熱中症対策を兼ねてしばし休憩をとりました。午前11時、いよいよ八坂神社境内の案内開始です。
 西楼門の異称の由来、疫神社の祭神、祇園造の秘密、神社彫刻の見分け方などなど、圧巻の説明は他では決して聞くことができないものばかり。

22 八坂神社境内案内。疫神社の外観です。驚きのお話でしたね。.JPG 
八坂神社境内案内。疫神社の外観です。驚きのお話でしたね。


23 疫神社のご祭神。中を見たことがなかったのでびっくりです。.JPG 
疫神社のご祭神。中を見たことがなかったのでびっくりです。


24 大国主社の木鼻。さてこの生き物は何でしょうか?.JPG
 
大国主社の木鼻。さてこの生き物は何でしょうか?



 神社の正門、南楼門を出た一行は陶器の狛犬の由来、かつてあった藤屋と西洋料理の関係、阿蘭陀公使と中村楼のゆかりなど二軒茶屋のとても面白い歴史を聞き、一端境外へ出ました。

 ちょうど久しぶりに祇園閣が公開されていたため、急遽予定を変更し、大雲院の祇園閣に登ることにしました。

25 祇園閣遠景。大倉喜八郎の想いがいっぱいつまっています。鉾頭は鶴!.jpg 
祇園閣遠景。大倉喜八郎の想いがいっぱいつまっています。鉾頭は鶴!


26 祇園閣楼上からの絶景。法観寺の姿も秀麗です。.JPG 
祇園閣楼上からの絶景。法観寺の姿も秀麗です。


P1400419.JPG 
今年は多くの参詣者で賑わう霊山護国神社の墓地も見えます。


 お寺や祇園閣ではボランティアの方々による解説が行われていましたが、時間の都合上割愛し、堤講師の話を聞きながら登楼、楼上からの絶景と涼風を堪能しました。

 大雲院を後にした一行は真葛ヶ原を舞台にした慈円の和歌や、西行や芭蕉の話、そして南画家池大雅と妻玉蘭の逸話を聞き、時代祭に梶女が登場する理由、そして祇園女御と忠盛、清盛の話など、とても面白い話題の数々に時間を忘れ、気がつくと予定の時間が目の前でした。

28 再び八坂神社境内へ。ここは是非お進めのパワースポットです。.JPG 
再び八坂神社境内へ。ここは是非おすすめのパワースポットです。



 円山公園の山鉾館などの説明を聞いたあと、再び八坂神社の境内に戻り、勧請された神宮の独特の雰囲気や、奇石二見石の話、美女祈願で有名な美御前社の祭神、刃物の神様や先ほどの美御前社と分けて祀られる厳島神社の祭神の関係など八坂神社で一番風情がある境内西側の摂末社の説明を受けてお昼休憩に入りました。


第二部 祇園祭講座

 午後は堤講師による祇園祭講座で始まりました。

29 宇野商店をお借りして行った祇園祭講座。涼しい中で自在な話が続きました。.JPG 
宇野商店をお借りして行った祇園祭講座。
涼しい中で豊富な話題と楽しい話が続きました。


 祇園界隈で茶道具を販売されている宇野商店のご好意により、四階の広間をお借りし、明治以前と以後で違う祭神の話、花傘巡行に登場する馬長稚児の話、還幸祭の駒形稚児と綾戸国中神社の祭神の関係など祇園祭の秘密を始め、楽しい話の数々を聞くことができました。

第三部 還幸祭

 いよいよ祇園祭のハイライト、お神輿の還幸です。
 第三部だけに参加される方々を交え、京都大神宮で簡単な説明を聞き、駒形稚児の登場を待ちます。

30 還幸祭の主役、駒形稚児の駒形。この馬の正体も初めて知りました。.JPG 
還幸祭の主役、駒形稚児の駒形。
この馬の正体も初めて知りました。


 初めてみる駒形稚児の姿はとてもりりしく、神様の渡御そのものという講師の話も臨場感をもって伝わってきました。

31 四条通を行く東御座の神輿。突然の大雨で予定が大狂いでした。.JPG 
四条通を行く東御座の神輿。
突然の大雨で予定が大狂いでした。


 寺町通を練り歩く中御座の渡御を見物したあと、突然の集中豪雨に一時避難をやむなくされ、東御座、西御座の神輿差し上げ、差し回しなどのご説明ができなくなりました。ご参加の皆様には心よりお詫び申し上げます。

 この日は大変な猛暑となりましたにもかかわらず、三部共に大勢のご参加をいただき、本当に有難うございました。
 来年はまた趣向を変えて新たな祇園祭の魅力をご紹介したいと思っております。ぜひご参加ください。

posted by 清遊 at 15:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月23日

祇園祭宵山巡り

16日 宵山飾り見学

午前の部 室町通周辺の山鉾見学

 いよいよ祇園祭も佳境に入り、巡行を明日に控えた16日、山鉾の宵山飾りを見学する現地案内が行われました。
 堤講師が京都商工会議所主催の京都検定講習を東京で行われた際、この現地案内の告知をされた関係で、関東地方からたくさんの方々がご参加になり、午前と午後で延べ90名近い参加者となり大変な見学会となりました。

 最初に訪ねる予定だった鈴鹿山ではちょうど八坂神社の神官によるお祓いが行われており、美人で有名な瀬織津姫のお前立ちを見ることができませんでしたので、画像だけアップしておきます。

09 鈴鹿山の町会所に飾られるご神体・瀬織津姫のお前立.JPG 
鈴鹿山の町会所に飾られるご神体・瀬織津姫のお前立


 午前中は室町通周辺の山鉾を見学しました。後祭の山鉾が中心です。それぞれにとても素晴らしいご神体人形や懸装品、飾り金具ばかりで、説明を受けてもとても覚えきれるものではありません。ですが明快に特徴を聞けて見どころがわかり、助かりました。

10 浄妙山では頭の上に乗る人形の秘密や宇治橋の矢の話、等伯の原画など興味深々です。.JPG 
浄妙山では頭の上に乗る人形の秘密や宇治橋の矢の話、
長谷川等伯の原画の話など興味深々です。



11 鯉山は何といっても迫力のご神体と懸装品が魅力。.JPG 
鯉山は何といっても迫力のご神体と懸装品が魅力。


12 つなぎ合わせると一枚の絵になる鯉山自慢の名品です。.jpg 
つなぎ合わせると一枚の絵になる鯉山自慢の名品です。

13 霰天神山では新旧の懸装品比べやこの山だけの特徴を学びました。.JPG 
霰天神山では新旧の懸装品比べやこの山だけの特徴を学びました。


 午前の部、最後は昭和に復興した名鉾「菊水鉾」に上がりました。豪華な鉾の上は思ったよりも高く、室町通という古い歴史を持つ通りに位置する山鉾の姿は、周りの風景こそ変わりましたが、往時の山鉾巡行のありようを偲ばせるに充分でした。

 14 登楼した菊水鉾の豪華な屋根周り。昭和の職j人たちの底力が迫ります。.JPG 
登楼した菊水鉾の豪華な屋根周り。昭和の職人たちの底力が迫ります。




午後の部 新町通周辺の山鉾見学

 午後の部は二時、月鉾から始まりました。豪華な鉾のなかでも特に素晴らしい装飾をもつ月鉾は「動く美術館」の異名を持ち、一番高く、一番重い鉾です。
 鉾上から眺める四条通の様子は祇園祭ならではの独特の雰囲気で、とても印象深いものがありました。名残惜しい鉾を後に、郭巨山
から歩き始めます。

15 郭巨山 巡行では見えにくい金の釜を間近に。.JPG 
郭巨山 巡行では見えにくい金の釜を間近に。

 山鉾の会所飾りだけではなく、膏薬の辻子など通り名の説明や町名の話、両側町の解説などが随所に織り込まれ、本当に多方面に亘る京都のなりたちを知ることができます。
 
16 太子山 太子のゆかりを伝える秦家住宅。聖徳太子と秦河勝、1400年以上前の歴史がこの町には現役で生きています。.JPG 
太子山 太子のゆかりを伝える秦家住宅。聖徳太子と秦河勝、
1400年以上前の歴史がこの町には現役で生きています。


17 太子山は一番西にある山。智恵の杉に腰掛け、驚きの話をうかがいました。.JPG 
太子山は一番西にある山。
智恵の杉に腰掛け、驚きの話をうかがいました。

 そのほか、油天神山、芦刈山、木賊山などあまり人が訪れない地味だと思われがちな山を訪ね、その素晴らしさを堪能しました。見どころ、聞きどころの解説があるとこんなに分かりやすいものだと感動の連続です。
 途中、驚くほど精巧に作られた長刀鉾の模型と出会ったり、予期してはいましたがしばらく豪雨に動けなかったりと記憶に残る見学となりましたが、雨のため太鼓を合図に木賊山が懸装品を取り外す様子を目の前で見物できたり、思わぬ余慶もありました。

18 船鉾では四体のご神体人形をじっくり拝見しました。.JPG 
船鉾では四体のご神体人形をじっくり拝見しました。


19 伯牙山は知音の主だとばかり思っていたら、何と戴安道とは!.JPG
 
伯牙山は知音の主だとばかり思っていたら、何と戴安道とは!


 今回の現地案内は大変多くのご参加を頂き本当に有り難いことでしたが、皆様にご満足頂けたか、不備はなかったか、とても心配でした。講師も同様で、説明が不十分でなかったか、ちゃんと皆様に声が届いていたか、最後までとても気にしておられました。
 ですが、助っ人にきてくれた中野さんの奮闘もあり、なんとか最後までやり通すことができました。皆様本当に有り難うございました。

posted by 清遊 at 14:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする